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zoom RSS C.クライバー、悪くはないけど・・・

<<   作成日時 : 2007/01/20 00:38   >>

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本日はC.クライバーについて、複雑に思うことです。
C.クライバーは2004年に亡くなりましたが、演奏回数や録音の極端な少なさゆえに、生前からすでに伝説の指揮者になっていました。
うぐいすは実際のコンサートに行くことはできませんでしたが、その数少ない録音や映像から彼の天才的な音楽センス、瞬間的にひらめいたような音のニュアンスに舌を巻いていました。
確かに彼の作り出すテンポはスピード感があり、リズムには爽快感があふれ、今まさに音楽が生まれ出てきたかのような生き生きとしたフレーズには目を見張るものがあります。
また、彼の演奏は父、E.クライバーの影響が見られるとも言われます。親父さんの方はもうちょっと重厚ですが、きびきびしたリズムや、ちょっとしたフレーズの変化など、さすが親子、非常に似ています。

C.クライバーの演奏は、確かに音楽が生き生きしています。
特にベートーヴェンの交響曲4・5・7番やモーツァルトのリンツ、はたまたニュー・イヤー・コンサートなど、聴いているときには至福の喜びを感じます。

その一方で、聴き終わった直後、爽快感はあるのですが妙な感覚を覚えます。
なんというか、妙にさばさばしているというか、あとに残らないのです。
その昔、とある音楽雑誌で1950年代のウィーンフィルのコンマスであった、ヴァルター・バリリのインタビューが載っていたのを読んだことがあります。
詳細な言葉は忘れてしまいましたが、確か「カルロス・クライバーの指揮によるウィーンフィルの演奏は実に生き生きとしている。でもそれだけと言う気もする。」とかいう内容だったと思います。
うぐいすは、なかなか手厳しい評だなあと思いつつ、実に言い得て妙かな、とうなずいてしまいました。

決してC.クライバーの才能を貶めるつもりはないのですが、うぐいすは、素直に聴いた感想としてはこのバリリの言葉にうなずかざるを得ないのです。
聴いているときは結構おもしろくは聴いていても、繰り返し聴く頻度は少ないです。
上記に記した曲はまだしも、世評に名高いブラームスの4番については、実はまるで共感できないですねえ。ブラームスの4番は、あのような爽快に表情がぐるぐる変わる演奏はうぐいすにはだめなのですよ。

ただ、ベートーヴェンの7番を聴いていて思ったことがあります。
若い頃、フルトヴェングラー/ベルリンフィルの1943年盤を愛聴していました。
音はあまりよろしくありません。でも、ちょっと落ち着いてしまったEMI盤(1950年)とは違い、実に劇的です。ロマンチックに粘るテンポやフレーズ、命をかけているようなトゥッティなどに、昔は魂を揺さぶられるような感動を覚えました。
今でも変わらず名演と思っています。しかし、最近歳をとったせいか、これを聴いていてふっとこんな考えも浮かびました。
「これって、本当にべト7に求められている解釈なのか?」

ワーグナーは、この曲を「舞踏の聖化」と評したのは有名ですが、それだけ、この曲の魅力はリズムにあるわけです。本当はやはり、それを生かしきった演奏がこの曲に求められているのではないかとも思います。べト7は魂を込めた人生劇場よりも、とにかく爽快なリズム・テンポを求める演奏がよいかもしれないと。
実際、うぐいすはベートーヴェンの交響曲ではべト7に関してのみ、フルトヴェングラーの演奏は聴いててしんどいときがあります。もっと気軽に聴けるC.クライバーの方が好ましいときがあります。

うぐいすにとって、C.クライバーは夢中になって聴く演奏家ではありません。でも、たまにその音楽の表情に浸りたいときに楽しむ、という感じですかね。
ベートーヴェン:交響曲第5&7番
ベートーヴェン:交響曲第5&7番

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