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さて、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲9番です。 この辺から以降の曲は、うぐいす特に大好きシリーズ(笑)の幕開けです。 9番は暗いながらもその瑞々しい旋律、しっかりした構成感のある傑作です。 この曲は2番目の奥さんに捧げたそうですね。 でも、ショスタコーヴィチには申し訳ないですが、はっきり言ってこの曲の場合はだれに捧げたとかって、うぐいすにはあんまり意味を感じないです(笑)。とにかく純粋に傑作なのです。 この曲はなんと言っても奇数楽章がうぐいすは大好きです。 2・4楽章の沈痛で沈んだ雰囲気もいいのですが、やっぱり奇数楽章なのです。 1楽章の、うごめく伴奏にのってどこかシニカルで、なんともほの暗いメロディ。この冒頭の部分はなかなか独特な印象を持ちます。 少し話がずれますが、以前のショスタコーヴィチの四重奏で、たとえば4番の1楽章、伴奏が一定音の伸ばしの上で、踊るようなメロディが流れてきます。 この伴奏の「響き」の感覚、どこか昔の街角とかで演奏しているアコーディオンの和音のような素朴な感覚と同時に、牧歌的な情景が眼前に現れるのです。 一方、この9番の1楽章の蠢く伴奏、上記の4番とはまた雰囲気や受ける印象はまるで違うのですが、なんとなく具体性のある、ほの暗い情景が目の前に浮かんで来る、という意味では共通なイメージを持っています。そういう意味では、まだ後期の涅槃の世界(笑)にまで行ってない、写実的な雰囲気を感じるのです。 また、駆け足で疾走し、途中で一息入れながらおどけたかと思うとまたかけていく3楽章。中間部のロシア風というか、スラブ風というのでしょうか、妙に郷愁を感じさせる曲想がまたいいです。そして5楽章は、荒々しく暴力的なまでの表情で、その中間部の荒々しい表現などに、ときどきバルトークを思い出してしまうような劇的な性格を持っています。 全楽章続けて演奏され、全曲とおして1楽章の旋律が思い出されたように現れ、全曲の統一感が図られています。 最近、5楽章冒頭の部分をふっとくちずさんでいる自分がちょっと怖いですね(笑)。 うぐいすは、ショスタコーヴィチの四重奏の中でも8番と9番は、意思の力や構成感という意味で、中期の傑作と考えています。 その位置づけは、ベートーヴェンでたとえると、中期のラズモフスキー四重奏のような感じでしょうか。もちろん、一連のラズモフスキー四重奏の性格とはまるで違うのは承知のうえで、あくまで位置づけという意味です。 (本当は10番もそこに入れたい気もするのですが、同じ性格かというとちょっと傾向が違うので、あえて外します。) 演奏については、だんだん同じ事ばかり書くのがいやになってきましたが、辛抱強くいきましょう!(笑) ボロディン(新)はスタイリッシュではありますが、全集中で6番と同じくライブ録音なこともあり、なかなか熱気もあります。 響きも構成感も、ほどよい熱気もあって、普通に聴くにはこれが一番好きです。多分、最後の拍手を切るために、最後の響きが十分に録音されていないところがちょっと残念です。 ボロディン(旧)は新全集とくらべれば当然録音は少し古くはなりますが、曲想が生き生きとしていますので、ダイナミックな味わいがあります。5楽章などなかなか突っ込んだ表現で、生命力というか、緊張感のようなものが溢れている演奏です。 音響的な魅力なども含めていつも聴くとなると、刺激の少ないボロディン(新)をよく聴いてますが(笑)、曲の本質を聴きたい場合はこのボロディン(旧)が一番と思います。 ベートーヴェンQは、またこれが録音良くな〜い(笑)! まあ、その独特の暖かく情熱的な音色は伺えます。でもこの曲の1・3楽章は、この曲に欲しいと思われる、鋭く突っ込んだ響きとは異質な感じもあって、ちょっと物足らないですかね。 どちらかというとこの団体の味は2・4楽章にありますね。これならうぐいすでも偶数楽章聴こうという気になります。 5楽章はそのぶ厚い低音と熱い演奏が意外にも(笑)、曲に合ってます。 なんだかんだ言っても、全体としてはそんなに悪くないかなあと思います。これで録音さえ良ければねえ・・・ さて、次回は10番の予定です。 |
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