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今回はウェーベルンの一連の弦楽四重奏です。 ブログ閲覧する方からはあんまり食いつきが良くなさそうなお題かもしれません(笑)。 先般、ベルクのヴァイオリン協奏曲について書きました。 そのついでといってはなんなんですが、ウェーベルンの室内楽も取り出して聴いてみました。 これ聴くのは何年ぶりかでしたが、久しぶりに堪能しました。 聴いたのは、アルバン・ベルク四重奏団の1975年に録音された室内楽曲集です。 曲は、 「弦楽四重奏のための5つの断章」 「弦楽四重奏のための6つのバガテル」 「弦楽四重奏曲」 の3曲です。 新ウィーン楽派も含め、これ以降の現代音楽について、こんな頭で考えただけの音楽は音楽じゃないとか、楽しめないとかいう意見があります。 音楽の感じ方や考え方は人それぞれですし、そのこと自体は全然否定するつもりはありません。 音楽ってやっぱり「好み」と「慣れ」なんじゃないかとうぐいすは最近、つくづく思っていたりもします。 うぐいすも若い頃はこの手の音楽はそんなに好きなわけじゃあありませんでした。 大学時代の先輩にいろいろ聴かされているうちにいつの間にかこういった不協和の音響にも「慣れ」てました(笑)。 でも、何回か聴いて「慣れ」ても、「好み」に合わなかったら楽しめないでしょうね。うぐいすはたまたまこれが心に響いてきたので、「好み」に合ったということではないでしょうか。 ちなみに、うぐいすは、新ウィーン楽派の曲を理性的に聴いたことがありません。理性的にというのは、音楽形式を調べてどういう構成になっているかとか、知的な操作を頭で描きながら聴くことをそう表現してみました。 はっきり言って、うぐいすのような何の学もないただの一音楽愛好家ごときが、新ウィーン楽派の曲でそんなことしながら聴くのは無理というものです(笑)。 新ウィーン楽派の音楽って、それ以降のミニマル・ミュージックやトーン・クラスターなどと比較すれば、実は意外と感性で聴けてしまう曲かと思うのです。 新ウィーン楽派は現代音楽の「古典」といってる人もいますしね(笑)。 ウェーベルンの音楽は特に、ベルクみたいにまとわりついてくる情念のようなものは感じられません。 人間の感情の衝動的な動きや緊張感のようなものが、短い時間の間に凝縮されていると、素直にそう思うのです。 特に5つの断章や6つのバガテルはその傾向が顕著です。 たとえばこれらの曲を聴いていると、人間の感情を音で表現すると意外とこんな感じで動いてるんじゃないかと思うわけです。 街中を歩いていて、「あっ、信号が赤に変わった」とか、雑踏の中で「人がぶつかってきた!」とか、雑踏から抜け出ると「やれやれ」とちょっと落ち着くとか。 はたまた横断歩道を渡ろうとしたら交差点の車が自分を待っているのを見つけて「あっ、早くわたらないと迷惑になる」とか、渡りきってまた「やれやれ」という感じとか。 これらはたとえ話なので、もっとロマンチックだったりドラマチックな状況でも、リアルな人間の感情の動きとしては意外と当てはまりそうですね。 まあ、あげてたらきりないわけですが(笑)、そういった感情の動きなんかが自然に表現されているように思ったりもするのです。 あとは、それを表現している響きが自分の感性に合うか合わないかじゃないかと思います。 ウェーベルンの魅力を感じるには、この響き自体を楽しめるかどうかにかかっていますね。 弦楽四重奏曲あたりになると、ちょっと後期に近くなり、どちらかというと淡々と響きを楽しむような曲に近くなっています。 先輩から楽譜とかもらったりしたのですが、やはりその中身のことはよくわかりませんでしたねえ(笑)。 さて、またそろそろ注文したCDが届き始めますので、今度はそちらの感想を書いていきましょうか。 明日あたりに、先週注文したベルクのヴァイオリン協奏曲とタネーエフ四重奏団のショスタコーヴィチが来そうなので、楽しみに待っています。 |
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こんばんは。勝手に弦楽四重奏の日ご参加ありがとうございます。 |
garjyu 2007/11/17 17:52 |
garjyuさん、こんばんは! |
うぐいす 2007/11/17 18:46 |
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