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zoom RSS リヒテル/カラヤンのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番<PA-105>

<<   作成日時 : 2008/03/09 22:22   >>

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今回はちょっと微妙な選曲かもしれません(笑)。
いろいろと思うところがありまして。

今回取り上げるこのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番ですが、皆様ご存知の通り、昔から名演との評判です。
どう評判かというのは、遅めでスケールの大きなテンポの中で、お互いに主張をはっきり提示してガチンコ勝負しているところですね。ある意味「競奏」的な性格が明確に出ている演奏です。
遅めのテンポでレガート風に音楽を紡いでいくカラヤンと時に沈み込み、時に雄弁に歌っていくリヒテルのピアノがなんとも不可思議なバランスで進んでいきます。
ウィーン交響楽団の演奏がこれまた、技術的には時々アラがでてしまってますが、まるでベルリン・フィルのような重厚で豪放な演奏をしているのがすごいですね。

なんというか、表面上は破綻してませんし、アンサンブルとしてはそれなりにまとまってはいるのです。
お互い、さすがプロなだけあって、どちらかがテンポをかき乱してむちゃくちゃにしてしまうということはなく、見事にアンサンブルとしては合っているのです。
しかし、これを音楽として聴いた場合、これはなんともユニークな世界になってますね。

なんというか、燃え上がるような炎のようなものが感じられないのです。お互いに音楽が爆発する瞬間でも、相手に負けまいと張り合っている感じもしますね。
どう考えてもこの両者が曲を通じて共感を持って演奏しているとは思えないです。
カラヤンの表現単独、リヒテル単独の表現それぞれはとてもすごくて名演なのですが、お互いの演奏が乖離している感じがしますね。

しかしここがまた不思議なところでして、その結果として出てくるこの演奏に対しての感想としては、なかなか聴き応えのある非常に稀な名演奏という印象なのです。
演奏者お互いの共感が感じられないくせに、音楽の形としての表面上は破綻してない中で、お互いの静かなぶつかり合いのような緊迫感が凄くてついつい聴き入ってしまうのです。
こんなタイプの名演奏もあるんだといういい例ですかね。

まあでも、この類の演奏は聴いてて疲れますね。ホントに疲れる。
なので、めったに聴こうとは思わないのです。
でも聴きだすとなんとなく聴き入ってしまう。

いろいろと噂でもリヒテルとカラヤンの共演時の話は聞きますが、実際いろいろあったみたいですねえ。
後年、カラヤンはいわゆる巨匠級のソリストとは共演しなくなりましたし、リヒテルは晩年、カラヤンの悪口言ってますね。
よっぽど合わなかったんでしょうねえ・・・

我々の仕事においても、組織の中で働いていれば必ず衝突する人もいたりするのですが、そういう人たちと仕事をする中で、多くの場合は考えが合わなかったり、人間関係がうまく行かない仕事はオジャンになってしまうものですが、たま〜に上記のリヒテル/カラヤンのチャイコフスキーみたいになんとかなっちゃう(というか評価されちゃう)のもあるんですよね。
逆にそういう衝突があったから、補い合っていいものが出来たりすることもあるわけで。
(まあ、上記の演奏は衝突そのものを見せ付けることによる効果という点が大きいので、一般的にはちょっとどうかと思いますけどね)

1楽章の有名な序奏の部分も雄大なスケールではありますが、音楽のニュアンスは結構お互いに自分の表現をしていて、緊迫感があります。
その後提示が終わったあと、主部に入ってからリヒテルのピアノの沈み込むような表現はすごいです。リヒテルはこういう弱音の表現に関しては圧倒的ですね。
1楽章の最後も圧巻です。テンポ自体は遅めでスケール感たっぷりなのですが、そのテンポの中で渾身の表現を込めてます。
両者一歩も引きません。
2楽章も静寂が漂う、非常に磨きぬかれた演奏ですし、3楽章も基本的には1楽章と同様ですね。コーダもこれまた圧巻でして。
最後のオケの伸ばしはもうヤケクソじゃないかと思うくらいの爆発力です(笑)。

昔、ちょっとだけリヒテルがムラヴィンスキーと組んだ同じ曲の演奏を聴いたことがあるのですが、これがなかなか白熱した演奏でした。こちらの方はもっと自然体で自分の表現をしていますね。
でも結局買わなかったんですよねえ。それ聴くんだったら、どちらかというとホロヴィッツ/トスカニーニとか、アルゲリッチ/コンドラシンのものを聴けばいいか、なんて(笑)。

リヒテル/カラヤンのチャイコフスキーは一歩間違えば、時代が生んだあだ花のような演奏になっていたのかもしれませんが、そうはならず、その異色さ故に今日まで語り継がれた名演でしょうね。
頻繁に聴くことはなくても、今後も時々手に取る演奏になるんじゃないかと思ってます。
(最近手に取るのは室内楽ばかりなので、めっきり減ってますが。)
Rachmaninov, Tchaikovsky: Piano Concertos / Richter
Rachmaninov, Tchaikovsky: Piano Concertos / Richter

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コメント(4件)

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うぐいすさま お早うございます

この演奏、昔はLPで持っていました。
何度も聴いていました。ジャケットも懐かしい感じがします。ロストロとカラヤンのドボコンと並んで、名演として評判の高かったものですよね〜。
最近は聴いていないので、コメントできないんですが、爆〜。

コンチェルトというのは、演奏が難しいですね、指揮者がヘボイと独奏者が指揮者の代わりをしてしまいますよね(そういうこともあって、ピアニストが指揮者に転向することが多いのかなって思います)、それに対して、指揮者の方が力が強い場合、ソリストはオケストラの一部になってしまいますよね。やはり面白いのは、ソリストとオケが丁々発止のやり合いをしているものでしょうか〜。
そういう点では、この演奏、やはり名演の一つかもしれませんね〜。


ミ(`w´)彡 
rudolf2006
2008/03/10 08:07
うぐいすさん、こんばんは。

今回はなかなか何とも言い難い選曲ですね。いろいろ思われるところがあるようですが、季節は次第に春に近づいています。気持ちをしっかり保ってお過ごしください(笑)。

ところで、超メジャーな同曲ですが私には良さがわかりません。第1楽章で全てが終わってしまうような印象があります。ご指摘のようにこのCDも大きな演奏には違いないのですが、両者がお互いに認め合っていないような感じがしました。カラヤンもラフマニノフではあんなにムキになっていたのに…。
ピアニストで選べばロシア的な情緒は望めませんが、アルゲリッチ盤が良かったです。ホロヴィッツ・トスカニーニ盤は期待していたよりもホロヴィッツの燃え方がおとなしいように思いました。ワルターとのブラームスではやりたい放題でしたが…。
現在、手許にないので記憶が頼りなのですが、ボレットの演奏が最後まで聴けたかなと思います。
私にとってはたとえ名演奏であっても好きになりにくい代表みたいな曲です(笑)。
ezorisu
2008/03/10 19:34
rudolf2006さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

おっしゃるとおり、コンチェルトの演奏って、ソロとオケのバランスですごく変わりますね。今回のエントリーは両者共に力量があってがっぷり四つに組み合っている点、名演には違いないとは思いますが、聴きどころが普通とちょっと違うので、あんまり聴く機会は少ないですねえ。元々、チャイコフスキーはあまり聴かないというのもあるんですが(学生時代は弾く機会もあったので、結構聴いたんですけどねえ)。
うぐいす
2008/03/10 21:59
ezorisuさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

仕事が行き詰ったりすると、いろいろと考えてしまうわけで(苦笑)。まあ大体、世の中ダメもとなことがほとんどですから、あんまり考えすぎないのがいいのでしょう。
うぐいすはこの曲嫌いではないのですが、あんまり聴かないですね。チャイコフスキーはドヴォルザークやメンデルスゾーンと同様、綺麗なメロディーを愛でるような聴き方しているところがあるので、やっぱり飽きやすいのかもしれません。おまけに結構重いですからね(笑)。今回思うところあって取り上げましたが、チャイコフスキー取り上げるのはこれが最後かも(笑)。
うぐいす
2008/03/10 22:17

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